2018年11月24日

ボルダリング検定(傾向と対策、受験した感想等)

2018/11/23 dogwood調布店で開催された、ボルダリング検定を受験してきましたので、その傾向と対策や感想など。

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2018.11.23 ボルダリング検定@dogwood調布 3級で受験してきました。 無事5課題全完登できました。課題はどれも練られていて面白い! このフォーマット、個人的にはとても好きでした。 コンペと違って、自分が登れるか登れないかの難易度の課題を"確実に"5課題楽しめるのがいいね! 参加者には知人はいませんでしたが、スタッフの皆様はお世話になった方ばかりで、久しぶりに会えて嬉しかったです。ありがとうございました!次は岩場で! @tripledyno @gniyama @rabfujieda @yoshihiroiwahashi #ボルダリング検定 #ボル検 #dogwoodclimbinggym_chofu

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◾️ボルダリング検定とは

日本クライミングジム連盟主催で2017年度よりスタートした検定制度。5級から1級まで分かれており各級共に5課題を登る。5級から3級までは1時間で5課題をセッション形式で登る。2級と1級は1時間で3課題をセッション形式で登り、大休憩を挟んで、2課題をオンサイト形式(ベルコン)で登る。
いずれも合計課題は5課題で、3課題以上完登すれば合格。同じ合格でも、完登課題数()により、ブロンズ(3)、シルバー(4)、ゴールド(5)というようにグレードが別れている。

◾️受験グレードと結果

今回自分は3級を受験。無事5課題中5完登でゴールド合格できた。課題毎のトライ数は以下。

・青ホールドの緩傾斜 2try
・黒ボテのマントル 5try
・赤ホールドのルーフ 2try
・黄ホールドの傾斜カンテ 1try
・紫ホールドの緩傾斜 2try

かかった時間は40分くらいだったので、およそ3分強に1トライ。結構息が上がったので、これ以上ペースを上げるのは個人的にはキツかったかなと。

◾️課題の特徴

昨年度の課題は知らないが、今年度は第一回のマーブーの課題は予習のため触りに行った。今回受験した課題と合わせ、2回分で共通に感じた傾向は以下。

・ルーフ、強傾斜、スラブが1課題ずつ、垂壁〜100度程度が2課題入る
・垂壁〜100度の1課題はデカいボテで、花崗岩等でよく出てくるムーブが入る(マントル、ステム、ラップでのホールディング等)
・ダブルダイノが1回は入る
・コーディネーションは必須では無い

3級以外は触ってないので、上記は3級のみのお話。

◾️対策(長期的)

クライミングのスキルが満遍なく試されるので、普段から以下を意識してトレーニングする事が肝要。

・好き嫌いせずになんでもトライする
・得意なホールディング、ムーブでゴリ押しせずに、設定ムーブを想像し、それに合わせて登ることで、対応ムーブのバリエーションを増やす

◾️対策(短期的)

課題の特徴にも書いた通り、出題課題のフォーマットが比較的明瞭なので、スラブもデカボテもルーフもあるようなジムに行って5課題を選び、1時間で模擬検定をやるといい。
目的は、トレーニングではなく、本番時の戦略を立てることであり、そのために以下2点に注力した。

・自分の得意/不得意や、トライできる体力など、現状を把握すること
・検定のフォーマットに慣れること

自分の場合、以下のジムで実施した。

・マーブー(2018年度第一回検定課題)・・・2完登
・dボルダリング綱島・・・2完登
・ロッキー新宿(2級課題)・・・5完登
・dogwood高津店1回目・・・3完登
・dogwood高津店2回目・・・5完登

やってみて、自分なりに立てた戦略は以下3点。

・鬼打ちせず、意図的に数分間のレストを挟む。セッションなので、ムーブは後半になれば大体わかるが、その時に体力がなくて登れないのが最悪。体力さえあれば、ムーブさえわかれば3級は登れる。
・ただし、どスラブは例外で、自分は体が硬くて登れない可能性が高いので、他の4課題が登れるまでは触らず、残りの時間でトライする
・欲張らず、3課題登ることを目標とし、登れそうと判断した3課題を落とすことに注力する。難しそうな課題でも、体力さえ残っていれば、後半でも登れる可能性が高いので、後に回す。

これらを、パニックにならず、忠実に遂行した。いきあたりばったりでトライするより、完登数が1.5〜2倍くらいにはなると思う。

◾️その他(気になった点や感想など)

・グレードの標準化

難しいテーマであるものの、一つの標準を示す試みとして、良いシステムと感じた。自分が思い浮かべる3級のスタンダードは、穴社員、コンケーブ、とけたソフトクリーム岩の凹角左右、マミ岩右、白狐岩無名などで、それらと比較して、グレード感はマッチしていた印象。で、今回の検定課題を基準に考えると、ロッキー新宿は明らかに1グレード甘い、とか浮き彫りになる。ジムスタッフこそ、たくさん受験して欲しい制度では。

・カチが無い

3級では、カチの保持力を試される課題が全くなかった。マーブーでもそうだったが、意図的なのかしら。2級とかにはあったみたいだけど、偶々?

・シラバスが無い

検定なので、出題範囲、学習範囲みたいなものが、公開されているのが理想かなと思った次第。そういうのがあると、出題者でも、「この課題ラインナップでは、このスキルを試せない!」みたいなのがチェックしやすいのでは。

・ラッキーだった点

調布はどスラブ課題がなかった。ここ数年、殆どジムでスラブをやってなかったせいか、他の傾斜と比べて明らかに苦手なのを模擬試験で認識していたので、出なくてラッキーではありました。
posted by いーづか at 15:44| Comment(0) | クライミング全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月22日

ジェリーモファット自伝

ジェリー・モファット自伝「Revelation」最高でした。

彼が生まれた1963年から、プロフェッショナルクライマーとしてのキャリアにピリオドを打った2002年までを中心に記述。自伝ではあるものの、世界中の岩場に出向いて出会った、その時々の重要人物やトピックに触れながら進むため、その時代の登攀史や、ハングリーなクライマーのライフスタイルを深く知ることができる良著。

面白すぎるイシューは読んだそばから我慢できずに呟いたので、トゥギャッターにまとめました。

https://togetter.com/li/1290873

その他の印象的なシーンをご紹介。

p.79 ヨセミテに行った友人が、ジョン・バッカーがミッドナイトライトニングのマントルを返してから振り返って「pretty cool, huh!」と言ったという話を聞いたジェリー。ウェールズでボルダリングしていた際に、犬連れの老人が歩いてきたので、チャンスとばかりルーフを登ってリップに片手でぶら下がってチョークアップし、「pretty cool, huh? 」と決めた。
老人と犬は、ちらりとジェリーを見て、何も言わず立ち去った。

p.84 初めて聞いた名前だが、フランケンユーラのローカルで、Flipper Fietzというドイツの橋本覚のような人が出てくる。あるプロジェクトに対しトップロープでムーブが全てできたら、氏にとって、そのプロジェクトは興味の対象外になるのだそうだ。氏がどうしても解決できなかったムーブをジェリーが解決した際には狂喜乱舞で喜んだのに、そのラインがやっと繋がったとジェリーが報告した際にはほぼ無反応だった由。

p.90 色々なところでバム的生活を送ったが、シェフィールドで住んだ、失業保険者の溜まり場のようなシェアハウスが最も無秩序だった由。そこへ一緒に住もうとベン・ムーンを誘うジェリー。「寝室に懸垂バーがあるから起きたらすぐ懸垂できるぜ!」
→一緒に住んじゃうベン。

p.93 ビュークスでChimpanzodromeという8aをオンサイトした日が、クライミングキャリアを振り返って最高の日だと語るジェリー。その日は21歳の誕生日で、岩場を後にしてからのヒッチハイクに苦戦し、暗くなり諦めて道端で寝袋にくるまりながら、ただ幸せを噛み締めた由。

p.97 ビュークスで切り詰めた食生活(ヌテラとバゲットと沢の水)を送っていたジェリーとベン。街でギュリッヒの友人であるヘルムートにカフェとクロワッサンを奢ってもらい思ったこと。「Cool! A croissant!」

p.106 フィーニックスをオンサイトした時の話。ラスト一手を取るムーブ、足位置を変えて何度か試すが取れずに焦った時に思ったこと。ラスト一手に迫ることと、実際にラスト一手を保持することの差は、実際には1ヶ月のトレーニングの差があるかもしれない。自分はその1ヶ月分のトレーニングをやってきた。そう信じてムーブを起こした、といったような話が書いてある。

p.110 チムニーは苦手だった模様。ロン・カウクとロストアロースパイアに登った際に、抜けきれないピッチがあったと書いてある。でも、後年、ノーズワンデイとかやってるんですよね。

p.113 肘を痛めていた間はドイツのスキーショップでバイトしていた。なんか微笑ましい。

p.129 ショーンマイルズ登場。「兎に角一緒にいると楽しいやつなんだ」。映像作品Stick itでの2人のイチャイチャぶりを見てから読むと、ニヤリとしてしまうでしょう。

p.129 ビュークスでLa Rageをトライする際に、いつも使用している11mmロープではなく、8.5mmロープを使ったとある。時代的に、それハーフロープorツインロープの片割れですよね?こわー。

p.130 La Rage はトップ付近に深いポケットがあり、アントワーヌ・メネストレルがコンペで買った時のにトロフィーが置いてあるらしい。今でもあるのかな。

p.136 UK初の8cルートであるLiquid Ambarの話。弟のトビーが急死し、悲しみにくれたジェリーによる、トビーへのトリビュートとなった。ルート名は、園芸を勉強していたトビーが植えたいと言っていた木の名前から。

p.141 ギュリッヒの交通事故死について。結婚して間も無くのことだったらしい。ジェリーが読んだ弔文が全文記載されている。涙。

p.161 コンペでなかなか勝てなかったジェリーはメンタル面の改善を進めるとともにフィジカル面も強化するために複数のハードなボルダー課題のリンクアップを設定し、そのリンクアップを更に何周もするようなサーキットにトライした。その際に、レストポイントで次のサーキットに備えるたびに「このサーキットはディディエ(ラブトゥ)の分」「このサーキットはパトリック(エドランジェ)の分」「このサーキットはシュテファン(グロバッツ)の分」と心の中で唱えていたという。
→ジャギ戦のケンシロウかよ!
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p.165 ボルダーコンペでルールを誤解していて、終了ホールド片手保持で降りてしまい勝てなかった話が出てくる。今は当たり前の終了ホールド両手保持も、飽くまでコンペティションルールとして始まり一般化していったものであることが伺える。自分がクライミング始めた20年弱前は、ジムでの終了点マッチはそんなに一般的じゃなかった気がする。

14章 お金に対する考え方とプロフェッショナリズムに対する考え方の変遷について。クライミングを始めた当初は、ジェリーにとってのプロフェッショナリズムとは、全てをクライミングに捧げることであり、金銭を得ることではなかったが、徐々にスポンサーとのwin-winの関係を築くことが重要ということに気づいたというようなことが書いてある。スポンサーを獲得するのは上手だった由。

p.190 ジェリーがオーナーのクライミングジムであるfoundryの立ち上げに関する記述あり。UKでの商業ジムのファーストケースのようで、さしずめジェリーはUKの寺島さん。

p.197 当初、ボルダーはルートのためのトレーニングと捉えていたが、初めてのアメリカツアーでジョンギルプロブレムめぐりをしてから、ボルダリングそれ自体の魅力に夢中になった。

16章 クライミングの余暇にはバイクやカートなどハイスピードスポーツをやっていて、怪我もたくさんした模様。キャリアの後半5年くらいになって、それらのスポーツは危険すぎることを悟り、ゴルフを始めた。
→遅いよ!

16章 年表としては比較的明瞭に、2002年にはプロフェショナルクライマーとしてのキャリアに終止符を打っている。リタイアのきっかけは複合的(子供が生まれたり、ヤングガンの台頭だったり)であるものの、共通して言えるのは、自らの全て100パーセントを注ぎ込むのがジェリーにとってのクライミングであり、それをハイレベルに保ち続けるモチベーションが維持しきれなくなったということ。
突き上げ世代として、平山ユージ、フランソワ・ルグランや、更に若いクリス・シャーマなどが挙げられている。
posted by いーづか at 15:11| Comment(0) | T-Wall江戸川橋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする